小4の私は責任感から心を壊してしまった

セミリタイア・FIRE

高校教師をしていますぱちこです。

前回の投稿で心が穏やかでない話をしました。

私は人生で2回心を壊しています。

1回目は小学4年生の時。私は体が大きく、自分で言うのもなんですが勉強も運動もできた優等生でした。学級委員をはじめ、事あるごとに組まされる班のリーダーを務めていました。

昼休みの掃除班でも班長に任命され、サボっている同級生を周囲を注意する役割。さっさと掃除すれば遊べるのに、動かない同級生にイライラしていたことを覚えています。

私は同級生がサボった回数を数え、「〇〇君、今日でサボった回数10回超えたよ」と本人に伝えて班をまとめようとしていました。

しかし、それが問題だったのか、ある一人が私にいじめられていると先生に訴えたのです。

私は先生に呼び出され、事態を知り困惑しました。そして弁解の余地もなく、

「先生、君がそんな人間だとは思っていなかったわ」

と言われたのです。

今まで人に叱られたことも殆どなく、優等生で生きていたので、とてもショックでした。

その数日後、合唱コンクールの練習中に倒れ、そのまま入院することになりました。

なぜ体調を崩したのかわからず、いろいろな検査を受けました。背中?背骨?に注射を打ったのが激痛でトラウマになっています。

毎日耐え難い吐き気、嘔吐、激しい頭痛、暴れて鎮痛剤を打たれる、を繰り返していました。

検査をしても原因はわからず。なんで自分が、と泣きじゃくっていました。

症状が変わらず1ヶ月を過ぎたある日。病室を移動することになりました。特に意味のある移動ではなく、大部屋から別の大部屋に移っただけです。

しかし、移動した直後、急に吐き気や頭痛がおさまりました。あれは今振り返っても不思議なのですが…本当にスッと治ったのです。

そしてその1週間後には退院をしました。

これで大丈夫だろう、と思って学校に通い始めたのですが、2ヶ月後に同じ症状となり再び入院。

この時はさすがに絶望しました。

結局2回の入院のおかげで、小4のうち2ヶ月ほどは入院生活でした。

そして小5にあがってからは特に体調を崩すこともなく学生時代を過ごしていったのですが…

同じ症状が、社会人1年目で現れたのです。

新卒で入社したのは業界最大手の大企業。きっと世間的には大成功といった感じでしょう。

しかし、社会人同士の上っ面な関係性や妙に完璧主義な性格が災いし、どんどん心をすり減らしていきました。その上、いつかのために教員免許を取ろうと通信大学に入り、退社後はレポートに追われていました。

そして年始明けの出社日。電車に乗れなくなってしまったのです。

頭が痛くて気持ち悪くて、車酔いのような浮遊感を抱え、家に引き返して寝込みました。

そのことを母に話したら、こう言われました。

「言ってなかったけど、小学生の時入院した原因、自律神経失調症だったのよ」

合点がいきました。なるほど。心が壊れていたんだ、と。

そう思ったら、無理しちゃいけない気がして。すぐに会社を辞めました。

当時は実家暮らしだったのも功を奏し、1年で貯金が150万円ほど貯まっておりました。せっかくのニート生活。そのお金で楽しもうと決めました。

フィリピンに1ヶ月留学したり、社会人になり全国に散らばった友人たちに会いにいったり。

今振り返っても、こんな楽しいことがあるだろうか、と感じるほどの毎日でした。

そして1年後。なんとか教員免許を取り、働き口も見つかり、教員になりました。

今でも疲れやストレスが溜まると、動悸と表現しにくい気持ち悪さが込み上げてくることがあります。おそらく自律神経の乱れやすさは治ることはないのでしょう。

でも明らかに教員という仕事の方が性に合っており、つらさの何十倍も充実感を得られています。

あの時、会社を辞めてよかった。でなければ、今頃取り返しのつかないことになっていたかもしれません。

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